2024/07/26 (FRI)プレスリリース

X線偏光によりブラックホール近傍の数秒の変化を捉えることに成功
~X線偏光と短時間解析の合わせ技によるブラックホール近傍の理解~

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

立教大学理学部物理学科山田真也准教授、東京理科大学創域理工学研究科先端物理学専攻修士2年の二之湯開登を筆頭に、同研究科同専攻所属の内田悠介助教、幸村孝由教授らの研究グループは代表的なブラックホール連星「はくちょう座X-1」のX線偏光観測衛星IXPEによる偏光観測により、1秒スケールの増光現象に付随して偏光の状態が変化することを世界で初めて発見しました。この発見は、短時間変動における偏光情報の解析手法を確立したことにより実現しました。

本研究成果は、アクセスが難しかったブラックホール近傍のダイナミックな構造変化について偏光を用いて観測的に示した初めての例になります。これにより、ブラックホール近傍の強重力場での降着流の物理の検証につながると期待されます。

本研究成果は、2024年7月26日にPublications of the Astronomical Society of Japanに掲載されました。

研究の背景

ブラックホール[1]はアインシュタインの一般相対性理論により存在が予言され、光さえも脱出できないほどの強い重力をもった天体と考えられています。その性質故、高エネルギー現象が活発に起きているブラックホールの研究を行う上でX線観測を用いるのは必要不可欠です。X線天文学は1962年に始まり、1971年には最初のブラックホール候補天体である「はくちょう座X-1」が発見されました。その発見後、はくちょう座X-1は様々なX線天文衛星などにより観測がなされ、ブラックホールを持つ天体であると考えられるようになりました。

はくちょう座X-1は恒星とブラックホールが互いの周囲を回転しているブラックホール連星と呼ばれる天体です。ブラックホール連星は、ブラックホールシャドウが見られた我々の銀河中心にある超巨大ブラックホールに比べてはるかに大きさが小さく、実に数億分の一程度しかない、画像で見ることが難しい天体です。ブラックホール連星において、太陽のおよそ20倍の質量を持つブラックホールがそのおよそ2倍の質量を持つ青色巨星から物質をはぎとり、ブラックホール周囲に「降着円盤」を形成します。この降着円盤の温度はおよそ100万度に達し、X線で明るく輝きます。また、ブラックホール周囲には降着円盤が存在するだけではなく、10億度に加熱されたプラズマ[2]がつくる「コロナ」がブラックホールの周囲を覆っていることもこれまでの観測により示されてきました。ブラックホールそのものを観ることはできませんが、X線により降着円盤やコロナの状態を調べることで、ブラックホールの物理状態の解明や強重力場での相対論的効果の直接検証などを行うことが期待されています。

よりブラックホール近傍での物理状態を解き明かすためには、その付近から放射されるX線を捉えることが重要となります。X線の画像によりその付近を取り出そうとしても、天体までの距離が約7,000光年と十分遠いため、そもそもブラックホール連星を点でしか捉えることができません。この“点”の状態の天体からX線のエネルギーと到来時間の関係を調べることで、ブラックホール近傍のガスの流れを“観る”方法があります。その一例として、1994年に「短時間増光集積法」が考案されました(Negoro et al., ApJ, 1994)。この解析により理論的に予測されていたガスの温度上昇とX線の明るさの変動が捉えられてきました (Yamada et al., ApJL, 2013)。

さらに踏み込んでブラックホール近傍の降着円盤やコロナの位置関係やコロナの形状を知りたいと考えたとき、従来の画像?時間?エネルギーといったX線の測定に加えて“偏光”[3]を用いることが重要となります。ブラックホール周囲の降着円盤およびコロナからのX線は、その形と位置関係に従った偏光状態を示すことが知られています。そのため、X線の偏光度と偏光角を測定することができれば、降着円盤およびコロナの詳細な位置関係を詳細に調べることができるようになります。つまり、ブラックホール近傍に由来する速い変動に伴う偏光の変動が観測されれば、ブラックホール近傍でのガスの流れに新たな情報を与えることになります。

研究成果の概要

本研究グループは、「短時間増光集積法」と「X線偏光」を初めて組み合わせることで、ブラックホール近傍の物理状態の解明に挑みました。その結果、本研究グループはX線偏光観測衛星IXPEのはくちょう座X-1の観測データから秒の時間間隔で明るさが増減する現象を捉えることに成功し、その変動の中で「偏光」の情報が変化していることを世界で初めて発見しました。

X線偏光観測衛星 IXPEは2021年12月に打ち上げられたX線偏光観測を目的としたX線天文衛星です。IXPEは主に2から8キロ電子ボルトのエネルギーを持ったX線の観測を行います。本研究グループははくちょう座X-1の短時間増光を捉えるべく2022年6月に観測されたデータの解析を進めました。このとき、はくちょう座X-1はX線スペクトルの形状からコロナからの放射が優勢な状況でした。

図1  (a) IXPEで観測されたはくちょう座X-1の明るさの時間変化の一部を示した図。赤点は“短時間増光”としてとらえたイベントを示す。(b) とらえた複数の増光現象を一つに「集積」したプロファイルをIXPEに搭載された検出器3台分について示した。

本研究では、1秒スケールの増光現象をとらえ、その変動に伴う偏光を解析するために、短時間増光集積法による偏光検出を行いました。1秒スケールの増光現象一回一回から偏光情報を調べることはデータ量が乏しく困難です。そこで、短時間増光集積法では、図1(a)に示すような明るさの時間変化から急速に増減光するようなイベントを探し出し、足し合わせることで1つの「集積された」増光現象として考えます。本研究グループはIXPEの観測結果にはじめてこの解析を取り込み、図1(b)に示すようなプロファイルを作成することができました。本結果は1秒程度で急激な増光を示しており、X線天文衛星「すざく」[4]で同様の解析をした結果と一致していました(Yamada et al., ApJL, 2013)。

図2  (a) 増減光における偏光度の変化と(b) 増減光における偏光角の変化を示した図。偏光度および偏光角は3つの評価方法で求めており、その結果を赤緑青の色で示している(詳細については論文内で紹介)。それぞれの図中の灰色の分布は規格化された明るさ(図1b)を示している。

秒スケールでの変動に伴って、偏光の情報がどのように変化しているのかを調べるために、時間をずらしながら2秒ごとの平均(移動平均)を求めました。最も明るくなる時に偏光度が低くなり、偏光角が明るさのピークの前後で変化する様相が示されました(図2)。偏光度についてみると観測時間全体での平均の偏光度はおよそ4%ですが、短時間変動の中ではおよそ5%からおよそ3%に変化しています。さらに、ピーク前後で比べると偏光度はおよそ5%からおよそ2.5%、偏光角は約-25^°から約-45^°に変化していました。これは、ピーク直後の2秒間で偏光の情報がもっとも変化していることを示しています。

図3 短時間で降着円盤がブラックホール中心に迫り、降着円盤の内側がブラックホールに落ち込む様子の概念図。時間に対してX線の明るさ(ピンクの線)が明るくなると降着円盤がブラックホールにより近づき、ブラックホールに落ち込むと本研究グループは考えている。これにより、さまざまな場所からX線が放射され、より複数の偏光角の光が混ざり偏光度が落ちていく。

本研究グループでは、明るさの増減に付随した偏光状態の変化について、最も明るい状態のときに降着円盤かコロナ、もしくはその両方がブラックホールに落ち込んでいくことによって説明がつくと考えています。これにより、降着円盤の内側からの無偏光の放射が多くなったり、コロナと降着円盤からの偏光角の異なる光が混ざりあったりしたことで、偏光度が低くなり、偏光角も変えたと考えています(図3)。秒のタイムスケールで降着円盤やコロナが構造を変化させたのかを知るためには数値シミュレーションとの比較が重要です。

今後の展望

本研究では「短時間増光集積法」を用いて、十分なデータ量を確保して数秒スケールの増光現象を捉え、それに伴う偏光状態の解析を行いました。この解析手法は大中小様々なブラックホール天体での様々なX線強度変動への適用が可能だと考えています。例えば、ブラックホール連星ではしばしば、準周期的X線強度変動QPO[5]が観測されます。今回用いた解析方法を使うことで、準周期的X線強度変動QPOを時間の関数としてとらえ、この変動を偏光という観点から解析を行うことができると考えています。様々な天体の様々なタイムスケールの偏光の変動を調べることで、ブラックホール連星のように重力の大きな天体にガスが回転しながら落ちている系全体で、統一的な物理描像の理解ができると期待できます。

今回のはくちょう座X-1はコロナからの放射が優勢な時期で、降着円盤内縁は比較的ブラックホールから離れていると考えられています。対して、降着円盤がブラックホールに近づき、降着円盤からの放射が支配的になる時期もあります。このような時期における同様の偏光の短時間変動を測定することで、ブラックホール近傍の超強重力場におけるガス降着の物理の検証ができると期待されます。

本研究をさらに深めるためにも、より感度のよい偏光観測衛星での観測を実現しより短い増光現象とそれに伴う偏光の変動をリアルタイムで追跡できることが期待されます。加えて、よりエネルギーの高いX線の偏光を観測することで、ブラックホール近傍の高エネルギー現象を調べることができます。2016年にはX線天文衛星「ひとみ」に搭載された軟ガンマ線検出器によって硬X線での偏光観測に成功しており、近年では気球観測が進展しています。将来的に、より高感度な観測技術を持った偏光観測衛星の登場や理論研究の発展が合わさることによって、飛躍的にブラックホール近傍の物理現象の理解が進むことが期待されます。

用語

  • [1] ブラックホール:光さえも脱出できないほどの強い重力場をもつ天体。太陽の30倍以上重い恒星が、爆発した後に残された天体です。
  • [2] プラズマ:物質は3状態(固体?液体?気体)を取りますが、ガスがおよそ100万度を超える高い温度になると電子と陽イオンに電離して自由に運動している状態となり、この状態をプラズマと呼びます。
  • [3] 偏光:光が波(電磁波)であることに由来する自然原理。電磁波は電場と磁場が振動する波であり、光の集団を観察すると物質での反射?散乱やその放射機構によりその振動方向が揃います。どれだけ振動方向が揃っているのかを表すのが「偏光度」で、どの方向に振動しているのかを表すのが「偏光角」になります。
  • [4] X線天文衛星「すざく」:「すざく」は日本で5番目のX線観測衛星。2005年に打ち上げ成功し、2015年8月の運用停止まで、約10年にわたり科学観測運用を行っていました。
  • [5] 準周期的X線強度変動QPO:Quasi Periodic Oscillation。X線の疑似周期的な強度変動のこと。ここで、“疑似”というのは、ある周波数だけで振動するのではなく、その周波数を中心に幅をもった周波数で振動していることを意味する。QPOの発生原理は現時点で未解明であり研究が進められている。

論文情報

  • 雑誌名:Publications of the Astronomical Society of Japan
  • 論文タイトル:Polarized X?rays Correlated with Short?Timescale Variability of Cygnus X?1
  • 著者:Kaito NINOYU, Yuusuke UCHIDA, Shinya YAMADA, Takayoshi KOHMURA, Taichi IGARASHI, Ryota HAYAKAWA Tenyo KAWAMURA
  • DOI:10.1093/pasj/psae057

発表者

二之湯 開登 東京理科大学 創域理工学研究科 先端物理学専攻 修士課程2年
内田 悠介  東京理科大学 創域理工学部 先端物理学科 助教
山田 真也  立教大学 理学部 物理学科 准教授
幸村 孝由  東京理科大学 創域理工学部 先端物理学科 教授
五十嵐 太一 立教大学 理学部 物理学科 研究員
早川 亮大  KEK WPI-QUP / 立教大学 理学部 物理学科 研究員
河村 天陽  立教大学 理学部 物理学科 研究員

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