2024/09/05 (THU)プレスリリース

胞子形成時に細胞内膜交通経路が再形成され細胞膜が作られる仕組みを発見

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

出芽酵母の配偶子(胞子)形成過程をライブイメージングの手法により詳細に観察し、胞子形成時の細胞には、細胞膜を構成するタンパク質や膜脂質を運ぶ細胞内膜交通経路の起点にあたる小胞体出口やゴルジ体を再形成し、胞子の細胞膜が効率よく作り出す仕組みがあることを発見しました。

有性生殖は多くの生物種で見られる生殖様式で、生殖細胞から分化した配偶子が授精や接合して子孫を残します。動植物では、配偶子として卵や精子が生殖細胞から分化しますが、出芽酵母では細胞の中に胞子が作り出されます。この際、親細胞内では新たな膜構造が形成され、減数分裂で生じた核を包み込み、細胞内に新たな細胞である胞子が4つ生み出されますが、この新しい膜構造を作り出す仕組みについてはよく分かっていませんでした。

本研究では、ライブセルイメージングの手法を用いて、出芽酵母の減数分裂?胞子形成の過程を詳細に観察し、細胞内で膜構造が生じる瞬間を捉えることに成功しました。また、小胞体やゴルジ体から成る細胞内膜交通経路(タンパク質や脂質を運ぶ経路)に着目し、そのスタート地点にあたる小胞体出口(ER exit site)やゴルジ体が、減数分裂時には減少するものの、胞子形成時には再形成することを明らかにしました。さらに、その制御機構を担う分子を探索し、1型脱リン酸化酵素のサブユニットGip1を見いだしました。Gip1を欠損した細胞では、ER exit siteが再形成されず、正常な大きさの胞子の細胞膜を作ることができませんでした。すなわち、胞子形成時の細胞には、膜交通経路を再形成して効率よく膜脂質を運び、細胞膜を作り出す仕組みが備わっていることが分かりました。

ヒトの配偶子の形成や受精に関わる疾患の中には、細胞内膜交通の破綻を原因とするものもあり、本研究成果は、これら疾患の発症メカニズムの解明?診断?治療につながると期待されます。

研究代表者

  • 筑波大学医学医療系
    須田 恭之 助教
  • 立教大学スポーツウエルネス学部
    舘川 宏之 教授
  • 理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム
    中野 明彦 副チームリーダー

研究の背景

細胞は全ての生物を構成する生命の基本単位であり、脂質とタンパク質から成る生体膜(細胞膜)により覆われています。細胞の中にも生体膜で形作られるさまざまな細胞小器官が存在しており、それぞれが役割を持ち細胞の活動を支えています。

細胞内で作られるタンパク質の多くは細胞内膜交通注1)経路を通って運ばれます。この経路の中核をなすのは、細胞小器官である小胞体とゴルジ体です。小胞体で作られる多種多様なタンパク質や膜脂質などは、細胞膜の原料であり、小胞体膜上の膜領域(小胞体出口:ER exit site)を経てゴルジ体へ搬出され、ゴルジ体でそれぞれの行き先に応じて仕分けられます。

ヒトと同じ真核生物である出芽酵母の生活環(図1)には、有性生殖を経て配偶子(胞子)を生み出す過程が存在します。この出芽酵母の配偶子形成に相当する減数分裂?胞子形成では、二倍体細胞の中に内生胞子と呼ばれる新たな一倍体の細胞が四つ生み出されます(図2)。この過程において、二倍体細胞の内側では新たな細胞膜が作り出され、核を包み込み、新たな細胞である胞子が形成されて成熟します。しかしながら、その際、小胞体やゴルジ体から構成される細胞内膜交通がどのように制御され、新たな細胞膜へと膜脂質を供給するのか、その詳細については不明のままでした。

図1 出芽酵母の生活環。出芽酵母細胞は、1組の染色体のみを持つ一倍体(図中青?赤)と2組の染色体を持つ二倍体(図中緑)のどちらでも安定して存在し、発芽によって増殖する。異なる性の一倍体細胞が出会うと接合し、二倍体細胞となる。二倍体細胞は栄養が枯渇すると減数分裂を経て胞子形成を行う。栄養が豊富な条件で胞子は発芽して一倍体細胞となり増殖サイクルに戻る。

図2 減数分裂?胞子形成過程における前胞子膜形成。減数第二分裂の中期に細胞の中で前胞子膜が作られ、核を包み込み、成熟した内生胞子が生み出される。

研究内容と成果

本研究チームは、ライブセルイメージング注2)という手法を用いて、胞子形成時に作られる新たな細胞膜(前胞子膜)、小胞体、ゴルジ体をそれぞれ異なる色の蛍光タンパク質で標識し、その動態を詳細に観察しました。その結果、細胞当たりのER exit siteの数は減数分裂の進行に伴い減少し、減数第二分裂を境に増加することが分かりました。次に、ER exit siteの細胞内の正確な位置と増加する様子を調べるため、高感度共焦点顕微鏡システム(SCLIM)注3)を用いて、前胞子膜とER exit siteの挙動を同時に3次元で時間経過とともに観察しました(図3)。その結果、減数分裂時に細胞内で数を減らしたER exit siteは、新たに形成される前胞子膜の内側の領域で再び形成されることが判明しました。

図3 前胞子膜の形成とER exit siteの再形成。SCLIMにより前胞子膜(マゼンタ)とER exit site(緑)の動態を観察した。数字は経過時間(分)を示す。

これまでの研究から、前胞子膜を形成する膜脂質はゴルジ体に由来すること、また、あらゆる生物種でゴルジ体とER exit siteは密接に関連しており、ある種の生物では挙動を共にすることも明らかになっていました。そこで、本研究チームは、胞子形成過程のER exit site再形成に関わる因子を探索するため、過去に報告された前胞子膜の形態形成に影響を及ぼす変異株に着目しました。これにより、1型脱リン酸化酵素のターゲティングサブユニットとして知られるGip1を欠損する変異株では、ER exit siteの再形成が全く見られなくなることが分かりました。先行研究では、gip1欠損株では前胞子膜形成の初期段階は正常に進行するものの、前胞子膜は伸長することができず、成熟した胞子を生み出すことができないと報告されていました。一方、今回の解析では、野生株細胞ではER exit site再形成に続いて、ゴルジ体も再形成されましたが、gip1欠損株ではゴルジ体の形成も見られませんでした。そこで、さらなる解析を進めたところ、gip1欠損株では、減数第二分裂以降にER exit siteの形成に必須であるタンパク質Sec16が正しく局在できないことを見いだしました。

図4 前胞子膜伸長のモデル。1型脱リン酸化酵素(PP1)とGip1の働きによりSec16が小胞体に局在しER exit siteの再形成が起こる。続いてゴルジ体も形成され、細胞内膜交通経路により膜脂質が前胞子膜へ供給され、前胞子膜は正しく伸長することができる。

以上の結果から、細胞内膜交通をなす細胞小器官は減数分裂時に大規模に作り替えられ、細胞内膜交通の役割を新たな生体膜形成へと特化することが明らかになりました(図4)。また、この膜交通体制の変化を制御するシグナル伝達機構が存在することも示唆しています。

今後の展開

本研究により、出芽酵母の配偶子形成に相当する減数分裂?胞子形成における細胞膜形成の仕組みの一端が示されました。今回明らかになったSec16を中心としたER exit siteの形成に関わる分子群は、種を超えて保存されており、ヒトにおいては、細胞内物質輸送システムの不具合がさまざまな疾患の原因となると考えられています。また、配偶子形成の破綻は配偶子の形成異常や不妊の原因となります。本研究成果は、今後、配偶子の形成や受精に関わる疾患の発症のメカニズムの解明?診断?治療に貢献できるものと期待されます。

用語解説

  • 注1)細胞内膜交通
    真核生物の細胞内に存在する細胞小器官(オルガネラ)の間で、小胞や細管を介してタンパク質などの内容物を輸送するシステム。
  • 注2)ライブセルイメージング
    タイムラプス(コマ送り動画)撮像が可能な顕微鏡システムを用いて、細胞や生体の動きや形態の変化を、生きたまま可視化し、観察する手法。
  • 注3)高感度共焦点顕微鏡システム(SCLIM: Super-resolution Confocal Live Imaging Microscopy)
    理化学研究所光量子工学研究センター生細胞超解像イメージング研究チームにて開発された顕微鏡システム。細胞の中を素早く動き回る対象を観察?記録するのに適している。

研究資金

本研究は、日本学術振興会科研費(21K06145, 23K05006, 18H05275, 22K06074)による研究プロジェクトの?環として実施されました。

掲載論文

  • 【題 名】Remodeling of the secretory pathway is coordinated with de novo membrane formation in budding yeast gametogenesis
    (出芽酵母の配偶子形成では、分泌経路の再構成は新たな膜形成と協調する)
  • 【著者名】須田恭之(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 助教)、舘川宏之(立教大学スポーツウエルネス学部 教授)、須田友美(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 技術員)、黒川量雄(理化学研究所 光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム 専任研究員)、中野明彦(理化学研究所 光量子工学研究センター 副センター長)、入江賢児(筑波大学医学医療系 分子細胞生物学 教授)
  • 【掲載誌】 iScience
  • 【掲載日】 2024年8月29日
  • 【DOI】  10.1016/j.isci.2024.110855

お使いのブラウザ「Internet Explorer」は閲覧推奨環境ではありません。
ウェブサイトが正しく表示されない、動作しない等の現象が起こる場合がありますのであらかじめご了承ください。
ChromeまたはEdgeブラウザのご利用をおすすめいたします。