教員の「働き方」をめぐる問題
学校?社会教育講座教職課程 下地 秀樹教授
2024/12/19
研究活動と教授陣
OVERVIEW
教員の長時間労働や人手不足を受け、学校現場においても「働き方」を見つめ直す動きが活発になっています。その背景と現状、改善に向けた糸口とは。教員養成を担う学校?社会教育講座(教職課程)の下地秀樹教授に伺いました。
日本の教員の労働時間は世界一
近年、小中高の教員の過酷な労働環境が頻繁に取り沙汰されるようになりました。しかし、そもそも教員の仕事は職務や勤務時間の線引きが難しく、「多忙」という事実は昔も今もそう変わりはありません。長年にわたり長時間労働が常態化している背景には、1971年に制定された「給特法※1」の存在があります。これは残業代の代わりに月給の4%を「教職調整額」として上乗せする仕組みで、1966年度の勤務状況調査に基づき、月の平均残業時間の8時間に相当する額として定められました。しかし、当時から実態とかけ離れた場合も多く、正当な対価を得られない状況が続いてきたのです。
※1 給特法:「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」の略。対象は公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、幼稚園。
※1 給特法:「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」の略。対象は公立の小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、幼稚園。
*TALIS2018にはOECD加盟国等48カ国?地域が参加。
そうした中、2013年と2018年にOECD(経済協力開発機構)が発表したTALIS(国際教員指導環境調査)において、日本の小中学校教員の労働時間が調査対象国の中で最も長いことが明らかになり、ようやくにして働き方改革の必要性が叫ばれ始めました。加えて、SNSなどを通して労働環境の改善を訴える教員も登場し、社会的な問題として広く認知され始めたのです。2019年には文部科学省が「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン※2」を策定。現在は「給特法」の「教職調整額」を4%から10%以上に引き上げる検討が進んでいます。
※2 公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン:教員の時間外労働に関して、「1カ月45時間以内」「1年間360時間以内」を上限とするよう目安を示した指針。
※2 公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン:教員の時間外労働に関して、「1カ月45時間以内」「1年間360時間以内」を上限とするよう目安を示した指針。
精神的なゆとりを取り戻すには
写真:TADAOKIMURA/アフロ
処遇を改善すれば解決できる問題かというと、そう単純な話ではありません。学校に求められる役割や業務内容の多様化が進み、「精神的な余裕のなさ」がここ20年で顕著になっています。膨大な事務作業や課外活動の指導のほか、さまざまなルーツや背景を持った子どもへ個別にサポートする必要性が増していることも大きいでしょう。
負担軽減のために課外活動の外部委託を行うケースもありますが、諸条件が整わず実施が難しい地域?学校も多くあります。また、ICTによる効率化も一つの手段ですが、導入により別の負担が生じる場合も少なくありません。これらの方策も無意味ではないですが、本質的な改善のためには、「現場の教員の裁量を増やす」ことが重要だと考えます。基準やモデルに縛られすぎず、創意工夫して子どもたちと向き合う余地があれば、精神的ゆとりを取り戻せるのではないでしょうか。元来、「人を育む」ことは途方もなく手間と時間がかかるもの。その前提に立って抜本的な解決策を練らない限り、実効性ある改革にはつながらないと思います。
教職課程を履修している学生に教員を志望した理由を聞くと、「恩師の姿に憧れた」という声が多数を占めます。つまり、現場の教員が生き生きと働くことは、次の教育者を育てる意味でも大切なのです。そして学生たちに伝えたいのは、「こんな教師になりたい」という原点を大事にしてほしいということ。困難の多い仕事だからこそ、在学中にその根幹を揺るぎないものにし、志を同じくする周囲の友人とぜひ思いを共有してほしいと思います。
負担軽減のために課外活動の外部委託を行うケースもありますが、諸条件が整わず実施が難しい地域?学校も多くあります。また、ICTによる効率化も一つの手段ですが、導入により別の負担が生じる場合も少なくありません。これらの方策も無意味ではないですが、本質的な改善のためには、「現場の教員の裁量を増やす」ことが重要だと考えます。基準やモデルに縛られすぎず、創意工夫して子どもたちと向き合う余地があれば、精神的ゆとりを取り戻せるのではないでしょうか。元来、「人を育む」ことは途方もなく手間と時間がかかるもの。その前提に立って抜本的な解決策を練らない限り、実効性ある改革にはつながらないと思います。
教職課程を履修している学生に教員を志望した理由を聞くと、「恩師の姿に憧れた」という声が多数を占めます。つまり、現場の教員が生き生きと働くことは、次の教育者を育てる意味でも大切なのです。そして学生たちに伝えたいのは、「こんな教師になりたい」という原点を大事にしてほしいということ。困難の多い仕事だからこそ、在学中にその根幹を揺るぎないものにし、志を同じくする周囲の友人とぜひ思いを共有してほしいと思います。
下地教授の3つの視点
- 教員は昔も今も多忙だが「精神的な余裕のなさ」はここ20年で顕著になった
- 学校に求められる役割や業務の多様化が教育現場を圧迫している
- 本質的な解決には教員の裁量を増やすことが重要
※本記事は季刊「立教」270号(2024年11月発行)をもとに再構成したものです。バックナンバーの購入や定期購読のお申し込みはこちら
※記事の内容は取材時点(2024年9月取材)のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
CATEGORY
このカテゴリの他の記事を見る
研究活動と教授陣
2024/12/20
今の努力が、新たな知の扉を開く——立教大学×高志高等学校
立教大学特別授業
プロフィール
PROFILE
下地 秀樹
東京大学教育学部教育学科卒業、東京大学大学院教育学研究科教育学専門課程教育哲学専攻修了。1997年立教大学に着任、2007年より現職。研究テーマは教育人間学、教育学の系譜学で、一歩引いた視座から教員養成を捉えている。
下地 秀樹教授の研究者情報